西暦3200年に最後の日本人が死亡
- 高下 豊光
- 2021年11月4日
- 読了時間: 3分
西暦3200年に日本人類は滅亡するのだ。

皇室を除いて、その時まで、連綿と続く家系はないと思われる。
「オレには関係ない」と断言できる頭の中お花畑な人にも聞いて欲しい。
2030年には、現在の2倍の社会保障費が必要になるという。
しかも給与水準に変化がないとすれば、もう結婚などしない方がマシだ。
政府主導の婚活など、無意味だと思われる。予算があるのなら、それを育児の活性化に回して欲しいと思う。
さらに尊厳死の奨励が必要になりそうだ。年代順に奨励金を配布する。
ただし、70歳まで尊厳死を認めない。70歳までは現役で働いてもらう。自殺には高額な罰金を課す。自殺を抑止するためである。
長期的に、日本が現在の人口水準を維持するために必要な出生率は2.07である。
日本の人口は減り始め、2005年から「生まれる数より死ぬ数の方が多い」=「自然減」が始まっている。 戦慄すべき統計を確認しよう。国立社会保障・人口問題研究所が行ったシュミレーションによると、2006年現在1億2774万人いる日本人は、2050年から2060年の間に1億人を切るのだ。そして2100年には6414万人と、何と現在の半分になってしまう。 さらに、国家間の人口移動、移民政策がないと仮定すると、2190年に日本人は1000万人を切り、2340年には100万人を切る。そして西暦3200年には、とうとう「日本人」は地球上にたった1人になってしまうのだ。 その「最後の日本人」が死んだ時点で、日本民族は地上から絶滅する。では、「人口減の時代」には何が困るのだろうか。まず、日本は「経済大国」から転落する。人口減とはすなわち、「モノやサービスを産み出す人」=労働力の減少と、「モノやサービスを買ってくれる人」=マーケットの縮小を同時に意味するからだ。つまり生産と消費が同時に縮小していく。
税収不足に陥るから、自治体や国家の予算も縮小せざるをえない。日本の経済成長を支えた最大の「資源」は、巨大な国内人口だった。
1868年の明治維新以降、戦争期を除いて、日本の人口は増える一方だった。1920年(大正9年)に5596万人に過ぎなかった日本人は、1967年には1億人を突破するのであった。増加する人口は、労働力となり、生産力は向上する。そして同時に購買層としてマーケットは拡大する。そんな好循環が「経済成長」の大前提だった。 ところが、その前提が、2005年を境にがらがらと崩れてしまったのである。
2050年には1億人を切り、2100年には、現在の3分の1となる4771万人にまで減少することが予想されている。明治維新以降、近代化の過程で4倍に増えた人口は、ほぼ同じ年数をかけて元の水準に戻っていく。世界でもまれに見る人口の増減ぶりだ。 しかも、人口減少は高齢化や少子化をともないつつ、やってくる。15歳から64歳までの生産年齢人口は05年の8442万人から、およそ半世紀後には5000万人を切る水準にまで減少する。
半世紀後には生産年齢1.3人で1人のお年寄りを支えることになる。 日本にとっては人口減少の対策として、移民政策を採用するか、少子高齢化対策を充実させるかの、どちらかを選ぶ分水嶺に立っているのが現実だ。しかし、自民党政権が続くかぎり、有効な対策など打てないのではないだろうか。

アーリーバードのホームページへどうぞ。
優位性のあるEAを無料で紹介します。
そのダブルスチール投資法は、こちらからどうぞ。
⇒earlybird65.jimdo.com 証拠金以外は無料です。
ぜひ、あなたの資産形成に役立てて下さい。
Comments