徳田虎雄理事長「やればできる」
- 高下 豊光

- 2021年9月11日
- 読了時間: 2分
夢の実現に必要なことは、やればできるの精神だ。
徳田虎雄は、徳之島の農家出身である。

戦後、国立大学の医学部へ誰も入学したこともない徳之島高校から、大阪の今宮高校へ転校した。大阪大学医学部へ合格するためである。
その頃には、医師になるという明確な目標を抱いていた。それは、弟のみじめな死であった。今宮高校では、連日1日16時間机に向かったという。そして受験浪人2年間を加えて、見事に阪大医学部に合格する。
父親は、彼をこう云って送り出す。
「阪大医学部に入れぬようなら、生涯徳之島の土を踏むな」
徳田虎雄は、勉強ができる方ではなかった。むしろ嫌いな方であった。だが、心に念じて行動すれば、必ず実現する。要は行動だ。その後、彼は念願の勤務医となった。
だが、医療現場の荒廃ぶりに驚いたのだ。「医療には今改革が必要だ。資金はないが、理想とする病院を作ろう」そう考えた徳田虎雄は、さっそく計画を立てる。予算を1億6千万としたのだが、自己資金は何もなかった。
金を借りようにも担保が無かった。そんなマイナスからでも一切ひるまなかった。すぐに病院建設候補地の選定を始めた。その次は、地主との交渉を始めている。
同時に金を作る方策を考えたのだ。そして生命保険に注目した。つまり自分の命を担保にすることを思いついた。毎日「病院を作りたい」と念じながら銀行行脚に明け暮れた。
すると、融資してくれる銀行が現れたのだ。構想を練ってから病院完成まで、なんと1年の壮挙であった。
徳田虎雄は「やればできる。具体的な目標があり、行動があるのなら、夢は自ら胸を開いてくれる」それは、難関だった阪大医学部への進学で自ら証明したことであった。

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