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山一證券自主廃業--護送船団方式の終幕

  • 執筆者の写真: 高下 豊光
    高下 豊光
  • 2021年9月8日
  • 読了時間: 1分

1997年(平成9年)11月24日のこと。4大証券の一角、山一が破綻した。

「飛ばし」という業界隠語による違法な帳簿操作によって損失を隠してきた。


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日本経済を支えてきた名門証券の経営破綻は、衝撃をもって迎えられた。

ここに、護送船団という独自の金融行政は、過去のものになろうとしていた。

記者会見は印象的であった。

幕引きを任された「野澤正平」社長の号泣会見。「わたしらが悪いのであって、社員は悪くはありません!」

山一の経営実態を知る者は、会社役員の中でも1部だけだったようである。彼らは存続をかけて懸命に提携先を探していた。


だが、最後の頼みの綱「大蔵省」から見放され廃業を余儀なくされる--

大蔵省主導の護送船団方式は終焉を迎え、バブルははじけ飛んだ。

その後、失われた30年がはじまる。

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