top of page
  • Google+ Social Icon
  • Twitter Social Icon
  • LinkedIn Social Icon
  • Facebook Social Icon
検索

夢をあきらめない「松崎しげる」の挑戦

  • 執筆者の写真: 高下 豊光
    高下 豊光
  • 2021年9月13日
  • 読了時間: 2分

彼は、中学、高校と野球漬けの日々を送っていた。夢はプロ野球選手になること。

だが、甲子園を目指すも怪我によって断念する。

そのために彼は、大好きだった音楽を目標にしたのだ。

ところが、食うに困る毎日が続く。

周りの人が、次々に音楽シーンに飛び出していった。

たとえば、一緒にバンドを組んでいた仲間の一人は、「ガロ」を結成し、ビッグヒットを飛ばした。

さらに、当時松崎しげるのマネージャーをしていた「宇崎竜童」は、ダウンタウン・ブギウギバンドで

ブレイクした。

このときほど悔しい思いをしたことはなかったそうだ。

当時、CMのメロディソングを歌っていた松崎しげるは、相変わらず食えなかった。

友人で役者志望の「西田敏行」も同じように泣かず飛ばず。二人で酒を飲みに行っては、愚痴をこぼしあっていた。

後に大ヒットを記録した「愛のメモリー」も、あちこちに持ち込んでみた。

どの会社でも「こんな曲調では--」と否定的なコメントばかりだった。

ところが、六本木の店で西田敏行と一緒に弾き語りをしていたとき、たまたまテレビ局のディレクターが来ていた。二人の面白さに彼は興味を持ったのだ。

そして番組出演にオファーすることに--

松崎しげると西田敏行の人生が一変することになる。

「愛のメモリー」はCMに採用され、爆発的なヒットを記録。

レコード大賞歌唱賞を受賞した。

人気歌手「松崎しげる」の誕生であった。

彼は回想する。

つらい時期、辞めたいと思うとき、いろんな時期がある。

でも、「あきらめない」、これが人生で一番大切だと思う。


優位性のあるEAを無料で紹介しています。

ホームページへどうぞ。

ダブルスチール投資法⇒earlybird65.jimdo.com

証拠金以外の費用は無料です。


 
 
 

Comments


  • Grey Google+ Icon
  • Grey Twitter Icon
  • Grey LinkedIn Icon
  • Grey Facebook Icon

© 2023 著作権表示の例 - Wix.com で作成されたホームページです。

bottom of page