出産しても女を卒業できない女性たち
- 高下 豊光
- 2021年12月24日
- 読了時間: 3分
現実は映画よりもなお凶なり
---映画「子宮に沈める」の憂鬱

この悲惨な現実にあなたは目をそらしてはいけない。
育児放棄に至るまでの普遍的な問題がここにはある。
以下は公式サイトにアップされたコメントだが採録したい。
『これらの問題は社会全体を巻き込んで、考察していくことが重要だと考えています。 私は、この題材の取材を進める中で、これらの事件の背景には、低学歴や貧困による“情報からの阻害”、社会保障の不備の隙間を突く
“身近な風俗産業”が関係していると考えました』
意識が途絶えるまでの幼い子供たちの飢餓感と苦痛を思うとき、なんともやりきれない思いだ。
いったい何故このような残忍な振る舞いができるのだろう。仮にも自分で生んだ子供たちではないのか。
部屋に監禁していなかったなら、たぶん、子供たちは外に出て助けを求めることができたのだろう。
餓死までは防ぐことができたはずである。母親は、子供たちをどうするつもりだったのだろう。

では、「大阪二児餓死事件」を振り返ってみよう。
2010年7月30日、「部屋から異臭がする」との通報で駆け付けた警察が2児の遺体を発見。
死後1ヶ月ほど経っていた。なお遺体が発見されるまで「子供の泣き声がする」と虐待を疑う通報が児童相談所に何度かあったが発覚しなかったという。
同日に風俗店に勤務していた2児の母親(当時23歳)を死体遺棄容疑で逮捕し、後に殺人容疑で再逮捕することになる。
元々この逮捕された女性は両親が離婚し、家出を繰り返しており、20歳で結婚と出産を経験することになった。
本来、社会性を欠いていたと思われる。両親が揃っていないせいか、社会人として必要な忍耐力も育成されなかった。
そして、2009年5月には当時長男が0歳にも関わらず旦那と離婚し、一人で二人の子供を育てることになった。
母親は離婚後に風俗店が所有するマンションに移り住み、いつものように子供の世話をしていたが、いつしか育児を放棄し、
わずかな食事だけ用意し、当時の交際相手と過ごすようになる。
2010年6月9日、扉に粘着テープをし、鍵をかけて、子供二人を自宅にとじ込め、同月下旬ごろ二人を餓死させた。
事件の発覚は7月の29日。50日ぶりに母親が一度自宅に帰宅、死亡を確認して、当時の上司に子供が死んだことを報告することから事件が発覚するのだ。
編集長の私には、この母親だけを責められないと考える。
今、日本で起きていることの深刻な問題が、この事件が端的に示している。
非正規雇用が急速に拡大し、収入格差が急激に進んでいる。
育児世代の若い女性が、社会に放り出されたら、生活するためには夜の仕事が手っ取り早いのだ。
いやそれ以上に他に選択肢がないほどだ。
ホスト遊びにハマると、その時間だけは現実を忘れることができる。
それを誰が非難できるだろうか。
映画「子宮に沈める」よりも現実の事件のほうがはるかにエグイのだ。
とりあえず、見逃した人には激しくおススメしたい。
そして、現実の日本社会をよく考えて欲しい。
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