見失った"ガラスの靴"--スポドル「浅尾美和」の憂鬱
- 高下 豊光
- 2020年9月7日
- 読了時間: 2分
見失ったシンデレラの"ガラスの靴"
---スポドル「浅尾美和」の憂鬱

ビーチ・バレーの妖精として人気沸騰。ご記憶だろうか。
残念ながら五輪出場は夢と終わったが、彼女の存在は、まさしくアイドルだった。
スポドルとは、スポーツ・アイドルの略称だ。
彼女は、五輪種目となったビーチ・バレーの切り札であった。
発掘したのは、全日本バレーの名選手だった「川合俊一」である。
川合は、1984年ロス五輪、1988年ソウル五輪の2度に渡る出場を果たしていた。
そして1990年ビーチバレーに転進する。やがて日本ビーチバレー連盟の会長職に就任した。
彼は、有望選手を集めるために全国を行脚した。タレント活動からの収入をほとんど使ってしまうほどだったという。『必ずビーチバレーをメジャースポーツにしてみせる』それが河合俊一の口癖だったそうな。
そうしたおり、三重県立津商高に容姿の際立ったバレー選手を見出した。
身長は171㎝、彼女こそ「浅尾美和」であった。
川合俊一は、熱心に彼女を口説いたのだ。
『どうだ、ビーチバレーに転向しないか。ビーチならキミはオリンピックも狙える!』と。
ビーチバレーの妖精は、このときに誕生したのだ。彼女は高校卒業と同時にビーチに転向する。
そして「浅尾美和」の人気は急上昇し、「ビーチバレー」を知らない人はいないほどとなった。
妖精見たさに観衆は増え続けて、収拾がつかない会場が出現したほどだ。
彼女を「シンデレラガール」と呼ぶには、どうしてもビーチバレーの戦績が邪魔をする。
周囲の期待には応えられなかったのだ。戦績は低迷したと云っても良い。
目標にしてきた五輪出場は叶わなかった。--やがて引退。。
スポーツ・アイドルとしては、大成功をおさめたと云えるのだが、それにしても残念だ。
Comments