紅白で復活、絶賛された「封印歌謡曲」
- 高下 豊光
- 2020年9月8日
- 読了時間: 1分
かつて「美輪明宏」が、まだ「丸山明宏」を名乗っていた頃、
一人の知人が語ってくれたエピソードから名曲が生まれた。

丸山は一気に曲を書き上げる。
1965年、キングレコードから発売されたその曲は、当時大ヒットを記録する。
その曲こそ「ヨイトマケの唄」であった。
だが、「差別を助長する」という理由から「放送禁止曲入り」してしまう。
この「ヨイトマケ」とは建築工事現場で「地ならし」をする日雇い労働者のことである。
主におばさんたちが従事していた。
これが「差別語にあたる」として各放送局で「自主規制」された。
現在では、例えば「看護婦」を差別用語だと強弁するようなものだが、
そんな時代背景の犠牲になったとも云えるだろう。
では歌詞を思い出そう。これである。
♭父ちゃんのためなら エンヤコラ 母ちゃんのためならエンヤコラ もひとつおまけに エンヤコラ♭
幸運にも、この曲の封印は解かれて、2012年NHK紅白歌合戦でフルコーラスが披露された。
そこで絶賛されたのである。
「美輪明宏」国立音大付属高校を中退し、17歳にしてデビューした。
天性の美貌と独自のファッションで注目された。
また、生前の三島由紀夫と親交があったことは有名である。
古典落語は、「めくら」「つんぼ」など、規制されている言葉がやたらと多いことが知られている。
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