鞆の浦・桝屋清右衛門宅
- とよっチ
- 2020年8月16日
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1867(慶応3)年4月23日夜、坂本龍馬ら海援隊士が乗った「いろは丸」と紀州藩の「明光丸」とが岡山県六島沖で衝突し、「いろは丸」が沈没するという事件が起きました。この『いろは丸事件』の際、鞆港を訪れた龍馬らが宿泊したのが『桝屋清右衛門宅』。当時、廻船問屋を営んでいた桝屋は土佐藩や薩摩藩、大洲藩などとも取引があったと思われ、それらの縁でいろは丸救出に関わったのです。伝説的な龍馬の隠れ部屋が、今では一般に公開されています。

1764(宝暦14)年、11次朝鮮通信使が鞆を訪れた際に、対馬藩御船奉公輿添役や買物方三使附通詞が、この『桝屋清右衛門宅』に宿泊したと記録されています。 当時の鞆の津は海運業で隆盛を極めていて、歓迎提灯の明かりで夜でも昼のようだったといいます。
住所:〒720-0201 福山市鞆町鞆422番地URL:https://www.masuya-seiemontaku.com/
時間:金曜日から月曜日と祝日の9:00~16:30
休日:火曜日から木曜日料金大人 200円/高校生以下 100円/小学生未満は無料TEL084-982-3788

龍馬や幕末の藩士達の隠れ家です。
入館料は200円で実際に隠れていた部屋もあり坂本龍馬ファンは感動する事間違いなし。
坂本龍馬ゆかりの名所や史跡が点在する観光地として知られる港町。崖の上のポニョをはじめ、映画の舞台やロケ地となった場所が複数ある。龍馬の潜伏先は、長年不明だったが、1989年になって天井裏の隠し部屋が見つかった。当時のまま残されていたという。
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